僕たちと同じ人間が、同じようにイラクで暮らしている。彼らと僕らにはさほど違いはない。人間の生活や普段話している会話、表情、笑い声、泣き声、怒り、悲しみ…。それらはどこの国でも、どんな民族でも、さほど変わりはない。ただ、彼らを取り囲む空間が、僕らの周辺とほんの少し違うだけだ。
 
  砂塵舞うバグダッドの街では、今も爆発の地響きが時おり遠方から伝わってくる。夕闇迫る西空には、米軍のヘリが轟音を立てて旋回している。2003年3月に始まった「イラク戦争」の空爆の最中も、似たような不気味な音にこの街は包まれていた。ジェット戦闘機、対空砲火、空襲警報、着弾、爆音、銃声…。それらの「音の恐怖」が迫る中で、市民たちは「戦争の日常」を生き続けていた。
 
  そして、そんな日常の合間に、鳥の鳴き声が何度も聞こえてくることに気づいた。空爆が始まる直前の闇夜の街並み。救急車のサイレンの音が交錯する墓地の一角。クラスター爆弾が炸裂した住宅地…。「戦争の風景」とコントラストを描くように、鳥の鳴き声があちこちでこだましている。だが、その鳥の声は、決して鳥たちだけの鳴き声ではない。
 
  2003年4月10日、バグダッドへの空爆で3人の子供を一度に失ったアリ・サクバンはその日も、いつもと同じ朝を迎えていた。しかし、朝食の準備をしている最中、突然襲った爆音とともに彼の周囲は一変する。
 
  「お父さん泣かないで、私たちは天国の鳥になりました」 小さな墓標の裏に書かれたその言葉は、アリ・サクバンの子供たちが埋葬されるときに、それを手伝ってくれた人たちがそっと墓標の裏に書いたものだった。
 
  想像してみてほしい。
「みんな鳥になって天国で飛んでいる」と、生き残った唯一の娘にいまも話す父親の無念さを。
静かに、ただ一人で、「小さな鳥たち」の声をじっと聞いてほしい。
静かに、ただ一人で、「小さな鳥たち」の姿をじっと見てほしい。
その「小さな鳥たち」は、僕らと何も変わらない。僕らの小さな姿が鏡のように映ってはいないだろうか。
 
  イラクの子どもたちも大人たちも、僕らと同じ「小さな鳥」にほかならない。
聞こえてくる鳥たちの鳴き声は、イラクの人たちの泣き声でもあり、僕らと同じ人間の泣き声だ。
静かに、ただ一人で、「Little Birds」(小さな鳥たち)の姿を見つめて、そして想像する。
 
  そして、そこから、それぞれが出来ることを少しずつでもいい、始めてほしい。
それがあの「イラク戦争」を支持した国に住む私たちが、彼らと同じ人間としてなすべきことだ。

綿井健陽  (Watai Takeharu)  1971年大阪府出身。
 
1997年からジャーナリスト活動を始め、1998年から「アジアプレス・インターナショナル」に所属。これまでに、スリランカ民族紛争、スーダン飢饉、東ティモール・アチェ独立紛争、マルク諸島(インドネシア)宗教抗争、米国同時多発テロ事件後のアフガニスタン他を取材。2003年空爆下のバグダッドから、テレピ朝日系列「ニュースステーション」、TBS系列「筑紫哲也ニュース23」などで映像報告・中継リボートを行う。2003年度「ボーン・上田記念国際記者賞」特別賞。第41回「ギャラクシー賞」(報道活動部門)優秀賞




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